自殺遺族の教訓
 

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自殺遺族の教訓

姉が教えてくれたこと

 
寒い冬の夕方、私の姉は自殺しました。 
あの日から、一日たりとも忘れることがない思いが、私にはあります。
 
しかし、「自殺」という重い事実 や 連鎖を恐れるが故に、語られることが少なく、姉に対して、また遺族に対しても、多くの誤解 や 偏見を受けて来ました。
 
勿論、自殺を断罪することも、美化することもできません。
 
ただ 臭いものや 見たくないものにフタをして 隠すのではなく、少しでも姉の人生を知って頂き、悲しい選択をしなくていいよう、後世の方には、役立てて欲しいと思い、ここでお伝えすることにしました。
 
 


 姉の旅立ち


 
 
自殺をしては、いけない理由
 

冒頭の「自殺」と聞き、これを読んでいる皆さんの中には、
 
「えっ、どうして?」
「誰かに、助けを求めなかったの?」
「可哀想に…」
「…言葉が見つからない」
「自分勝手に人生から逃げて…」 等々
 
心がざわつく思いをされる方が 多いのではないでしょうか?

私の姉は、幼少期から 友達をかばったことで、いじめられたり、美人が故に妬まれたりしても、自分の個性 や 生き方を確立するために、「強くならなければならない」と、必死に頑張っていました。
 
しかし、いじめからの登校拒否や、不登校の繰り返し。
その後も、精神的に不安定な状態が続き、買い物依存症、月経前症候群(PMS)、うつ病等を、患うようになっていったのです。
 
一方、私達家族も、何か問題が起こる度に、学校、医療機関、職場 等、多くの相談や治療を行いました。
 
しかし、当時の学校・職場・医療機関では、現在ほどの理解も無く、たらい回しにされたり、その場その場の対処に追われ、家族も疲弊する毎日。
 
そんな日々が続いた 冬のある日…
 

病気も治らなくて、お金も沢山かかってしまい
ごめんなさい。

立派な大人になれなかった私は、
これ以上、周りや家族に迷惑をかけるのは
申し訳ないです。
 
両親を楽にして、妹を生かすために…
今まで、ありがとうございました。

 
と、精一杯の勇気を振り絞って、自ら命を絶ちました。
 


 自殺をしてはいけない理由


 

未成年の家族は別として、姉の自殺は、姉と向き合い切れなかった私達家族に、責任があります。
 
また、さまざまな不安、現実の厳しさ や 不満の矛先を、他者に向けるのではなく、自分の中で折り合いをつけたとはいえ、死を選んだ姉の責任も重い。
 
なぜなら、死を持ってまでも 訴えたかった真実が、
本人の望みとは 裏腹な形で 訪れるからです。
 
 
例えば、姉を傷つけた人は、法で裁かれることもなく、のうのうと生きています。
(但し、本人の自覚が伴えば、重い十字架を背負って、一生 生きていくことになりますが…。)
 
ただ見て見ぬふりをすることしかできなかった人は、自分の勇気のなさや、未熟さを、痛感させられます。
 
そして、大切だった人は、
「これで、苦しみから解放された」と思いつつも、深く深く悲しみ
 
「なんで? 本当に その選択しかなかったの?」
「もしあの時、こうしていれば…、私のせいだ」
「チャンスはあったのに、なぜ救えなかったのか?」
「素直になれなくて、ごめん。
 ○○が大好きで、私にとって大切な存在だよ、
 ともっと伝えれば良かった…」等々
 
多くの疑問を抱え、自分を責め続けたり、後悔と悔しさで、ずっと苦しむ。
 
あるいは、これらの思いや 反応の濃淡、浅深の度合いは違えども、全てが自分の中に混在することを、優しく諭すのではなく、乱暴に突き付けることになる。
 
 
しかしながら、明らかに 姉を傷つけた人への悔しさ、怒り、憎しみ。
 
同時に、「遺族である私も、姉を理解し切れずに 追い詰めた一人である」という罪悪感 と 嫌悪感。
救えなかった無力さ と 後悔で、自分を責め続ける等、感情がぐちゃぐちゃな状態でした。
 
そんな中、姉を慕い、悲しみを分かち合ってくれる方々もいました。
 
 
一方、直接的に姉を傷つけた人達は、自殺原因の因果関係を立証することは困難で、その事実を認めることもせず、心からの反省 や 謝罪はありません。
 
中には、コピー用紙数枚に、パソコンで打たれた無機質な文字で、反省や謝罪というより、長々と「言い訳 」が書かれた手紙が届くこともあり
 
この人は、「嫌なことは、早く忘れたい」とか、
「少しでも自分の罪を軽くして、楽になりたいんだな」と感じたり。
 
あるいは、「出世 や 将来の心配 等、自分のことだけを守りたいんだな」
という人達の対応にも追われ、後に精神を病み、入院した人もいました。
 
 


  その後の遺族


 

その後の私は、職場や周囲の人、新しい人間関係、親しくなった方に、
「ご兄弟(姉妹)は?」と聞かれる度に、
「病気で亡くなりました。」と答えるものの、心の中では…
 
「本当は、どう受け答えしていいのか?
 楽しい雰囲気を 一瞬で壊す重い事実で、
 水を差したくないし、同情されたくもない。
 
  …でも、姉の存在を恥じているようで、嫌だ」
という思いでいたり。
 
一人では抱え切れなくなって、姉の話を聞いて欲しい時、(この人なら)と思える人に、勇気を出して話してみると、「その話は、聞きたくない」と拒絶されたり。
 
それでも話さなければならない場合は、
「お気の毒…、とは思うけど…、
 そんな家系の人とのお付き合いは、ちょっと…」と敬遠される。
 
状況にもよりますが、嫌味たっぷりに、
「あなたみたいに不幸じゃなくて、
 私、幸せで良かった」
「不幸がこっちに伝染する!」
「訳アリ物件・事故物件」
などと、罵られることもありました。
 
 
今になって思えば、これらの反応は、ごく自然なものです。
 
なぜなら、当時の私の態度が不安定だったり、
 
「家族が自殺したと知られたら、自殺するのは弱い人間 と誤解されて、
 姉を悪く言われるのも嫌だし、私まで見下されるのではないか?」 
 
そう思い、自分を守るための「戦闘モード」で話していたり。
 
 
相手の状況や事情、防衛反応 や 話すタイミングの悪さ。

また、万物の法則として、受け入れられる人 と
そうでない人がいますから、仕方ありません。
 
逆に、何も言わず普段通りに接し、そっと支えて下さる方。
気晴らしに連れ出してくれた方。
「大変だったね」と、優しく慰めて下さる方々もいました。
 
そんな優しい人達の支えで、
 
「いつまでも悲しんでいてはいけない。
 姉の分も生きて、周囲の期待に応えられるよう、
 明るい話題を届けなきゃ!」
 
と仕事もプライベートも頑張りましたが、そう簡単にはいきません。
 
なぜなら当時の私は…
 
「自分にとっての幸せとは、何か?」 
 
それが、分からなかったからです。
 
また…
「自殺への偏見」
「姉の人生とは?」
「生まれて来たことの意味」
「自分自身の未熟さ、不信感」
「愛とは、一体 どういうことなのか?」等々…
 
これらの疑問に 何の答えも持たず、
本当の意味で 受け入れていなかったので、
自分で自分を苦しめていたからです。
 
そのため 私の中の悲しみ、憎しみ、罪悪感、自責の念。
被害者と加害者が、交互に行ったり来たりする
自作自演の罠(悲劇のヒロイン)を演じている自分への嫌悪感。
 
これらが消えることはなく、自分を含めた家系の傾向性を恨んだり、
傷つくことを恐れて、幸せになる勇気も持てずに、優しい人の誘いを断ったり。
 
そんなことをしている間に、姉の話も、
自分の本心も、語ることができなくなっていきました。
 
すると、心を開いて話すことができませんから、次第に孤立。
とうとう私は心と身体のバランスを崩し、うつ状態になったんです。
 
 
それからの私は、本当にいけないことですが、
何度も死ぬことを考えました。
 
でもその度に、「姉が守りたかった私の命を、無駄にしては申し訳ない」と思い、踏みとどまりました。
 
そして、「今の自分を変たい!」と、必死に根本原因を調べたり、奇跡的に恩師と出逢い、
さまざまな学びや 実践を通して改善するうちに、私の考えは、次のように変化していったのです。
 
  


 遺族の使命 


 
自殺遺族 教訓 使命
 

恩師は…
 

よく『結果が全て』などと言いますが、実は、全く違います。
結果とは、“ 人生に何ら影響しない ”のです。
 
では、何が人生に影響するのか?
 
それは、結果を得た後の自身の決断であり、
行動が人生に影響していくのです。

 
そう教えて下さいました。

また…
 

人生に起きるあらゆることには、己にとっての意味があり、
辛い経験にも、その役目や役割がある。
 
勿論これは、実際に意味や役目があるかどうか、本当のところは分かりません。
 
しかし、私達人間は、
 
『生まれて来たことの意味』
『さまざまな出来事に、どんな意味があるのか?』
『自分の役目』
『使命』
 
これらについて考えるし、この考えること自体に、人としての価値がある。
 
だからもし意味が無かったり、すぐには分からなくても、
“ 意味がある ”と捉えて、どんなに辛い経験も、
 
『 自分がそうでなければできない、何らかの役目がある 』 
そう考えていくことが、価値的。
 
そして…
『 ○○な私だからこそ、人のために役に立てる、何かがある! 』と前に進むしかない。

 
 
…とすると、私のこの経験にも意味や役目がある。

ずっと自分を責めたり、恨んだり、妬んだり、悲観していたけど、この経験は…
 

‟ 私のことを忘れないで、同じ過ちを 繰り返して欲しくない。
  人を人として尊重し、困っている人に 手を差し伸べて欲しい 。” 

 
というメッセージを、姉が命と引き換えに 教えてくれたんだ。
 
また、自殺という重いテーマは 連鎖を恐れ、語られることが少ない。
 
そのため、本人は「家族のため、みんなに迷惑をかけないため」と思っても、残された人達は悲しみ、更なる苦しみ、誤解、偏見を生みやすい。
 
だからこそ、『自殺するのは弱い人間』や『かわいそう』と誤解 や 悲劇 、上から目線の同情で終わらせるのではなく、
 
 ・どうすれば、いじめを減らし、悩みを解決できるのか?
 ・困難を乗り越え、人生を幸せに生きるには、どうすればいいのか?
 
 
今までの経験を、いじめや不登校等 辛い思いをしている人と共に考え、実践し、自分の人生を、満たされた心で 生き続けられるよう、生かしたい!
 
そのためには、姉から学んだ教訓を伝えることが、
残された家族の責任であり、使命ではないか?
 

そう考えるように至り、姉の悩んでいたこと や 症状と共に、それらの教訓 や 解決法を 伝えることにしました。
 
勿論、姉の生きた時代 と 現在では、時代背景のズレはあるかも知れません。
 
しかし、どんな時代にも、「いじめ・嫉妬・偏見・差別」等があったように、「人間の心の動き」や「本質的な悩み」は、変わらないのではないでしょうか。
 
もしこれを読まれている皆さんにも、同じような悩みや症状でお困りの際は、改善のヒントや、解決手段の一つにして下されば、幸いです。
 
 

自殺 防止 教訓

 

生かして欲しい姉の教訓